ファシズムが台頭する時代を舞台にピノッキオの冒険を描く
物語の舞台は戦時中のイタリア。ファシズムが蔓延し、市民は自由を抑制され、文字通り「操り人形」のように生きることを強要されている。
一人息子のカルロを爆撃で失った木工職人のゼペットは、「息子をよみがえらせたい」という願いを込めて、墓のそばに生えた松の木で人形をつくる。願いを聞いた妖精によって、魂を込められた人形「ピノッキオ」。それを導く役目に選ばれたのは、松の木に住んでいたコオロギ「セバスチャン・J・クリケット」だった。彼はそのままピノキオの身体の中に住み、良き方向に導く役目を与えられる。
人間の気持ちを理解せず、自由奔放に善悪の境なしにふるまうピノッキオは、街にやってきた見世物屋の男に騙されて旅に出ることになる。旅先で出会う様々な人々、戦争、家族、幸福、良心……テーマは深い。
特に、徴兵された少年たちの訓練シーンと、ファシストに対する市民たちの態度は、今まさにウクライナで戦争が起き、各国でファシズムが台頭しつつあるこの時代ならではの風刺に見える。
しかしながら、本作の企画が発表されたのは2008年だ。製作に際してデルトロは、物語を極力、現実世界に近付けようとしたと語っているのだが、実に15年の歳月をかけて作っているあいだに、現実と奇妙にシンクロしてしまった。
デル・トロ流の日本アニメ再解釈が見える『ギレルモ・デル・トロのピノッキオ』
ギレルモ・デル・トロはこれまで数多くのダークファンタジー作品を生み出し、(『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』などのアニメ・映画監督)押井守を超リスペクトし、日本のマンガを集め、(ゲーム『メタルギア』シリーズなどの)小島秀夫監督との交流でも知られる生粋のオタクである。古典童話のリメイクをするにしても単に物語をなぞっただけには終わらなかった監督の手腕には「まいりました」と頭を垂れるしかない。
脚本面でもアレンジが効いているが、もっとも目を引くのがコマ撮りのストップモーションアニメで作られたその映像美だ。
デル・トロはさまざまな表現形式のなかで、アニメーターと人形の絆を感じるストップモーションアニメこそが、もっとも美しい表現だと語りつつ(『ギレルモ・デル・トロのピノッキオ:手彫りの映画、その舞台裏』)、「日常をアニメーションにするとそれは特別なものになる」という宮崎駿の思想を受け継ぎ日本アニメへのリスペクトを欠かさない。
死んだ息子のかわりに作られた少年ピノッキオの物語は、日本の視聴者にとっては鉄腕アトムを思わせるだろうが、そもそも鉄腕アトム自体がディズニーのピノキオを下敷きに構想されているのはよく知られた話だ。造形へのこだわり、脚本に込められた現代性、日本のオタク文化の影響——デル・トロは日本アニメの歴史を再解釈して見せるキメラ的存在だ。
不登校の子と自分に重なる、ゼペット爺さんとピノッキオの関係
ところで話は最初にもどるが、本作で僕がもっとも心を揺さぶられたのは、全編を通してのゼペット爺さんの描かれ方だ。
息子カルロを戦争によって奪われ、やさぐれていた時期に逆ギレ的に作った人形が、妖精の力で魂を持って動き始めると、爺さんは「お前は息子とは違う! 息子はもっといい子だった!」と否定する。ピノッキオを受け入れられないゼペットと、そのことが理解できないピノッキオのすれ違いによって物語は進んでいく。
昔の僕なら爺さんのことなどまったく意に介さなかっただろう。だが、不登校の子とずっと家で二人でいる今の僕には爺さんの苦悩がわかる。不登校への対処は全受容が基本らしいので、あえて口出しせずにいるが、見ていると、なんだかもやもやした気持ちになってしまう。「ありのままを受け入れる」などという言葉が、理想だけのたわごとであることを痛感する。
自分勝手で未熟であらゆることを中途半端に投げ出して問題と向き合わない。おまけに嘘までつくピノキオと、それに対して苛立ちを爆発させるゼペット爺さんの親子関係は、見ていて辛かった。
だが、最終的に、思い通りにならない他者をどうにかしようとしつつ、どうにもできず、それでも最後には受け入れるゼペット爺さんと、それを理解しないまま彼の息子であろうとするピノッキオの姿には胸を打たれた。
個人的な問題を本作に投影してしまうと、「本当の自分が大事だ、周りに合わせて変わらなくて良い。ありのままを愛せ」というメッセージが、あまりにも単純で理想的で気になる。
でもそれでいいのだ。映画やフィクションとは、理想を掲げるべきものなのだから。理想がなければ、現実で着地するべき場所が失われる。解決策が見当たらない混乱の時期だからこそ、理想だけははっきりと示さなくてはいけない。
「本当の自分が大事だ、周りに合わせて変わらなくて良い。ありのままを愛せ」
変わりゆく時代のなかで、何度も見返すに値する作品だ。
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